中島岳志著『ヒンドゥー・ナショナリズム』を読んで

 ロックダウンが5月末まで延長されましたね。インドは6~7月が感染ピークだという見方も報じられているようです。ということは、7月上旬の渡印を諦めていない私は感染ピーク真っ只中のインドに飛び込むということになります。わっはっはー。

 インド、全土封鎖を31日まで延長…感染のピーク6~7月予想     https://www.yomiuri.co.jp/world/20200517-OYT1T50092/

 さてさて、GWからちんたら読んでいた、中島武志著『ヒンドゥーナショナリズム』をようやく読み終えたので、忘れないうちにメモしておきたいと思います。

 中島武志氏はインド関係や日本思想史について多くの本を書かれていますが、2002年に執筆された本書がおそらく初の作品。もう10年近く前になりますが、私がヒンディー語専攻に合格した時に知人からプレゼントされたのが『中村屋のボース』であったため、初めて読んだインドに関する本も同氏の作品でした(ヒンディー語専攻に合格してからインドに関する本を手に取るってどうよという突っ込みはさておき…。18歳の私は、それくらい勘というかその場のノリでヒンディー語を学び始めたのでした。)。

 本書を手に取ったのは、少し前に、印パ核戦争の危機が高まっていた2001~2002年頃の文献を集中的に読んでいたので、体系的にこれまでの経緯を復習したいと思ったのがきっかけ。結論から言えば大正解でした。もっと早く読んでおけばよかった。

 本書は、まさに同時期の2001年12月から2002年3月にインドに滞在していた当時大学院生(!)の中島氏が、RSS(インド民族奉仕団。現政権与党の下部組織)の拠点でメンバーの若者と生活を共にするところから始まる。当時はインド国会襲撃事件、カシミール陸軍基地襲撃事件、グジャラートの暴動等のテロ事件やコミュナルな暴動が多く発生していた。現政権与党のBJP(インド人民党)が初めて政権の座についたのもこの時期であり、ヒンドゥーナショナリズムが盛り上がっていたホットな時期と言えるだろう。

 普段報じられることのないRSSのシャーカー(整列や行進などの訓練)や訓話の実態や、インタビューを通じて見えるRSSに参加する若者の素顔により、冒頭から一気に本の中に引き込まれた。

 一時期ISILによる欧米等でのテロ事件が多発していた時、日本のマスコミは総じて、欧米での相対的貧困が過激化を生み出すという論調で報じていた。この本を読むまでは、行き過ぎたヒンドゥーナショナリズムも同様に、貧困や失業による社会への不満が、他宗教に対する嫌悪に結びついているのだと単純に考えていたような気がする。勿論、そうした側面も大きいのだとは思うが。また、学生時代にアルバイトをしていたカレー屋のシェフ(ウッタラ―カンド州の田舎出身)が皆そろってヒンドゥー至上主義的な思想を持っていたが、その理由をあまり深堀りしてこなかったことを少し反省した。当時「イスラム教徒の60%はテロリストだ!」等と明らかに根拠のなさそうな主張を吹き込まれていたため、教養のない至上主義者だというレッテルを貼って耳を塞いでいたというのが正しいかもしれない。

 しかし、本書では、上記のような雑な解釈をされがちな「右傾化」について、RSSの末端にいる参加者の姿を通じて丁寧に観察されている。彼らの出発点は必ずしも他宗教への憎悪や貧困ではなかった。都会に出てきて汚職や不正が蔓延る資本主義社会で働いている若者が、ひたすら利益を求める生活ではなく、自分の生きる意味や価値観を見出したいという内省的な思いから、RSSの活動に足を踏み入れるケースが複数紹介されていた。自分も働きづめの生活を送っていて、何か趣味に没頭するとか、家庭を持つとか、仕事以外で生きる意味が欲しいと思うことがあるが、何かしらの信仰があれば同じ方向を向いていたかもしれないと初めて思った。

 また、民衆をヒンドゥーナショナリズムに惹きつけるアプローチとして行われている、RSS下部組織による草の根活動ついても広く紹介されている。RSSはインド独立期からパキスタンから逃れてきたヒンドゥー教徒に対する援助をしていたが、現在も学校や職業訓練学校、医療・福祉などの草の根支援を全国的に行っているらしい。政治・宗教的イデオロギーがない人までもがRSSの活動に引き込まれるのは当然の流れなのだろう。

 もっとも、本書が書かれたのは20年近くであるため、現在のRSSのホームページを色々読んでみた。

Basic FAQ on RSS http://rss.org//Encyc/2017/6/3/basic-faq-on-rss-eng.html 

 本の中に登場したミャンマーからアフガニスタンを覆う、まるで英国植民地時代のようなインドの地図はさすがに掲載されていなかったが、このFAQコーナーでは今でも、インド=ヒンドゥー教国家であるとの信念は全面に書かれている。長期政権となり、幅広い層から支持を獲得していかないければならない今でもそれは変わらない模様。

The RSS always talks about the Hindus, Hindu Rashtra, Hindu culture etc. Why? Is it a religious organisation?

The RSS talks of Hindu, Hindu Rashtra, Hindu Culture because the RSS believed from the day one that this country belonged to the Hindus. The RSS perceives Hindu as a term that defines the national identity of the people living in this country. It is not a religious or sectarian identity. It is as the Supreme Court of India observed, a way of life. Hindus have their own ‘View of Life” and a “Way of Life”. Within Hindu fold there are innumerable sects and subsects that have perfect freedom to follow their ways of worship etc. But the national identity of the people of this country is essentially Hindu, the RSS believes.

 本の後半では、独立運動期~独立後の近代国家設立時の経緯とともに、ヒンドゥーナショナリズムが抱える矛盾点も鋭く指摘されている。「ヒンドゥーナショナリズムの拡大は他宗教への抑圧である。」というところで議論が止まってしまいがちだが、原点への帰依を掲げながらもシャーカーを通じ、近代国家に見られる単一的な国民の育成を行う等といった、ヒンドゥーナショナリズムそのものの思想のブレや矛盾というのはちゃんと考えたことがなかったので興味深かった。インド地域研究と思想史の両方に精通している中島氏だからこそ書ける本だと思った。この調査が行われた20年前から変化もあると思うので、インドに行ったら色々RSS関係機関も見てみたい。